大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(ラ)257号 決定 1990年1月19日

抗告人 田倉鷹

主文

本件執行抗告を棄却する。

理由

一  本件執行抗告の趣旨及び理由は別紙執行抗告状記載のとおりであるが、その理由の要旨は、原決定は、抗告人の入札価額五五一八万八〇〇〇円の買受申出が無効であるとの前提で、入札価額四三八五万円で買受申出をした山崎復生を最高価買受申出人として、同人に対し売却を許可したものであるが、抗告人の入札書の物件番号欄の「1ないし12」との記載は、「2ないし12」の誤記であり、右2ないし12の各物件を買い受ける意思であることは明白であるから、原決定は不当であり、控訴人に対し売却許可がなされるべきであるというのである。

二  そこで、検討するに、記録によれば、次の各事実が認められる。

1  原裁判所は、本件競売事件の物件番号1ないし12の各競売物件について期間入札に付し、そのうち番号1の物件だけを個別売却、番号2ないし12の各物件は一括売却としたところ、1の物件のみが売却され、昭和六三年四月二二日売却許可決定がなされ、その後、その配当手続も終了した。

2  原裁判所が、番号2ないし12の各物件について再び期間入札に付したところ、同年一〇月二一日の開札の結果、入札者は抗告人(入札価額五五一八万八〇〇〇円)と山崎復生(入札価額四三八五万円)の二名であったが、山崎の入札書の記載には何ら問題とすべき点がなかったのに対し、抗告人の入札書は、「2ないし12」と記載すべき物件番号が「1ないし12」と記載されていた。なお、この入札の保証金額は八七六万円と定められていたが、抗告人の入札書にも右金額が記載されていた。

3  そこで、執行官は、抗告人の入札には入札物件の同一性に問題があるとして、これを無効とし、山崎を最高価買受申出人と定めて、同人にその旨を告知した。

4  原裁判所は、平成元年三月二四日、山崎に対し、番号2ないし12の各物件について売却を許可する旨の原決定を言い渡した。

三  右認定事実に基づき、抗告人の入札書の物件番号についての右のような誤記が、入札を無効とするものであるかどうかを、さらに検討する。

不動産競売手続における入札は、入札書を提出してなされる厳格な様式行為であり、その変更、取消しは許されない(民事執行規則四九条、四八条、三八条)。したがって、執行官が開札して最高価買受人を定めるために入札の効力を判定するに当たっても、入札書の記載のみに基づいて、いわゆる形式的審査に徹することが要請されているというべきである。そして、入札書の記載事項の一部に疑問がある場合に、他の記載や当該競売手続の経緯から、その記載の真意が推測しえたとしても、執行官は、利害関係の錯綜した多数人の面前で、短時間内に入札の効力を判断しなければならないのであるから、その真意が全く二義を許さないほど明瞭に判断しうる場合でないかぎり、その真意に基づいて入札を有効と扱うことは、いたずらに混乱の原因となり、適正な競売手続の進行を損なうおそれがあるから許されないというべきである。

そして、本件においては、さきに認定した競売手続の経緯や保証金額の記載からすると、抗告人の入札書の物件番号の記載「1ないし12」は、「2ないし12」の誤記であり、その真意は2ないし12の各物件に対する入札であるとの合理的意思解釈が可能であるといえる。しかし、入札者が、過誤により、物件番号1の物件を含めて買い受ける意思で入札することも、全く予想しえないではないし、その他の意思解釈も全く考えられないわけではないから、当該執行官において、前記真意が全く二義を許さないほど明瞭に判断しうる場合であったとまではいうことはできないといわざるをえない。

したがって、抗告人の入札は民事執行規則三八条二項三号に反するもので、効力を有しないというべきであり、その有効を前提とする抗告人の抗告理由は採用することができない。

四  したがって、本件執行抗告は理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 小林克已 河邉義典)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例